闇と酒添え夜の旅

  • 本が好きで マジメお笑い 区別をせぬ 夢中になれば 闇と酒添え 夜の旅 寝転ぶもあり
  • ほんがすきで まじめおわらい くべつをせぬ むちゅうになれば やみとさけそえ よるのたび ねころぶもあり
  • 読書が好きで、硬軟さまざま区別をしない。夢中になると闇と酒を添えて夜通しの旅に。寝転んで読むのもありだね。

読書についてです。

1時間余りと比較的短時間で完成。全体の流れやことばづかいにもおおむね満足の出来です。

小学生のころから読書が好きでした。といっても9割方マンガでしたが。中学生になると活字本を読むように。ジャンルは多岐にわたり、いまでも毎日――5分10分でも――なにがしか読んでいます。30歳を過ぎたころに文語の美しさに魅せられてからは、古典を読むことが多くなりました。口語は口語で長所がもちろんあるけれど、こと美しさという点では構造的に文語のほうが優ると思います。
小説はほぼまったく読みません。いままでの読書人生を振り返っても、小説の占める割合は0.1%に満たないでしょう。現代小説を最後に読んだのは10年以上まえ。どうしてか分かりませんが、だれもが知る有名作家の作品をときどき書店で手にとっても、1ページも進まないうちに身体が拒否反応を示すのです。ほとんど唯一好きなのが樋口一葉。あの独特の文語がたまらない。
活字本に比べて一段低く見られることのあるマンガだけれど、語彙力を高めるうえで侮ることはできません。私はマンガを通して漢字やさまざまなことば(づかい)を身に付けました。好きなマンガは自然と繰り返し読むから定着率も高い。そのおかげで高校2年時の国語の授業で読めない漢字に出合うまで、ほとんど漢字を勉強したことがありませんでした。以前、有名政治家が「未曾有」を「みぞうゆう」などと読んで話題になりましたよね。その方もマンガ好きだそうですが、「未曾有」なんてマンガに格好の素敵なことばです。読み仮名の振ってある状態で何度も目にしているに違いありません。文字を読み飛ばしていたのでしょうか。もったいないことです。
ちなみに、電子書籍には未だに慣れることができません。ネットの記事を読むことにはなんの抵抗もないけれど、一定以上の長文になると本でないとダメです。本を手に開いたときのあのやわらかな感触、身体になじんて一体化する感じ。あれがあるからこそ、作中にもあるようにときに寝転んだりしながら長時間読みつづけられる。電子書籍への道のりはまだ遠そうです。

ところで、読書はかなパズルを作るうえで役に立つでしょうか。
読書好きの語彙力が平均を上回っているのは理の当然ですよね。ランニングを習慣にしている人の心肺機能がふつうの人より発達しているのと同じことです。また、かなパズル作りの大前提として語彙力があるに越したことがないのも言わずもがな。限られた文字群から内容にそぐったことばを選び出すわけだから、語彙が豊富であればしぜん選択肢が増えることになる。
しかしながら、自身のこれまでの作品作りを振り返ってみると、語彙力がどこまでプラスになっているのか、よく分かりません。私の口語作品をご覧になっても、その大半がありふれたことばで作られているとお分かりになるでしょう。今回の作品にしたって、小学生の高学年ほどであればすべて知っているであろうことばばかりですよね。
そう考えると、日本で生まれてふつうに暮らしてきたのであれば、かなパズルを作るのに必要な語彙力は中学生であれば十二分にあるといえるでしょう。したがって、大切なのはかなパズルの特性に合った頭の働かせ方をすることであり、読書やそれによって培われる語彙力がマイナスに働くことはけっしてないにせよ、大きなプラスになる保証はないと思います。
どんな物事にもいえることだけれど、やはりかなパズルも知識だけでは上手くいきません。パズルでありながら最後の最後まで図柄が定まらないという、相当に変動的でクセの強いことば遊びです。どれだけ語彙が豊富でも、当該のかなパズルに適したピースとしてはめ込めなければ宝の持ち腐れになってしまう。
結局のところ、ただ単純に語彙の数が多いだけではダメで、ことばというものにある程度深く親しんでいることが必要になるのでしょう。たとえば同じ材料が用意されていても、料理の苦手な人はせいぜい2品作るので精一杯。いっぽうそれぞれの具材の特徴を知悉したプロならそこからいくつもの料理を生み出せる。深く親しんでいるというのはそういうことです。語彙力が同じようなレベルでも、かなパズルを作り進めていくうえで生まれてくる文脈に適したことばを引き出す力の差というものが、そこにある気がします。
ことばに親しむためには、読書や会話をしたり、メールや文書を書いたりなど、ことばを媒介にしたさまざまな営為を漫然としないこと。同じような場面で毎回決まり切った文言を使用するのではなく、少し言い方(書き方)を変えてみたり。ことにかなパズルでは、ほんのわずかな措辞の異なりがときに決定的な差となって表れる。というよりほとんどそこにかなパズル作りの要点が集約されているともいえるでしょう。「頭のやわらかさ」と一言してしまえばそれまでですが、ちょっとした違いを探り出し選び出す、ことばに柔軟に鋭敏に対応するそんな頭の働きが大切であり、そのためにこそことばに積極的に関心をもって付き合っていくことが欠かせないのだと思います。

最後になりますが、ことばづかいについて、この作品のタイトルにもなっている「闇と酒添え 夜の旅」は、ちょっと詩的な感じで悪くない気がしています。かなパズルという文字使用に制約のあるなかでこそ生まれたものであり、自由な条件下にあったら私の表現力で思い浮かべることはなかったでしょう。かなパズルならではの副産物ですね。

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