パングラムのルール

パングラムは「あ~ん全てのかなを過不足なく用いる」ルールを満たしつつ、自然な日本語に整えることを目指すことば遊びです。
ただし、ルールにかんしてはその順守を原則としていくらかバリエーションがあっていいでしょう。

バリエーションの一例

口語によるパングラムのルールは「あ~んのかな46字を過不足なく用いる」ですが、必ずしも厳格に守られているわけではありません。
作家の竹本健治さんがX上で主催されるパングラムの同好会では、口語で作る場合―― #kiz48 ――は46字に促音「っ」と長音「ー」を加えた計48字と定められています。
理由は文語のように「七五調による(7+5)×4のリズムを整えるため」とのことです(「IRH48*kiz48への招待」)。
周知のとおり、日本語の詩歌は古く七五調で作られてきました。でも、口語のかな46字では完全な七五調に2字足りません。
口語でもきれいな七五調を実現するため文語と同じく48字にするのは、そして口語になくてはならない促音と長音で補うのは、なるほど理のあることといえるでしょう。

私のルール

つづいて、私が口語で作成するさいに採用しているルールを、kiz48ルールと比較しながらご説明します。
まず、促音については「つ」と同等の扱いです。つまり「つ」を用いたら促音は入れず、反対に促音を用いたら「つ」は入れません。
さきほど、促音は口語に不可欠だと述べました。
であれば促音を「つ」とは独立した1字とする見方もあり得るでしょう。
kiz48ルールに理があると申し上げたゆえんです。
しかし、「つ」と促音を別々に用いた作品をかなで書き記せば、そこには「つ」が2つ表れることになる。
大きさ(?)は異なれど同じ文字が併記される状況は、他言語の場合はともかく日本語のパングラムには望ましくないと考えます。

「パングラム、いろは歌、かなパズル!」で言及したように、日本語によるパングラムは完全パングラムの形式で作成するのが慣わしでした。
同字を重複させずとも十全な表現-意味内容に整えることができる性質を、かなという文字体系がそなえているからにほかなりません。
せっかく日本語でパングラムにとり組むなら、その優れた特長を存分に活かすべきでしょう。
また、完全パングラムとは要するに五十音図にあるかなの並べ替えであり、すなわち五十音図のアナグラムとみなすことができます。
ことばのゲームとしてみたとき、それはたいへんすっきりとした分かりやすい仕組みです。たとえばあ~んのかなが1字ずつ記された46枚のカードを渡し、”全部を使って詩や文を作ってください” といえば子どもでもすぐさまルールを理解して、それこそゲーム感覚でジグソーパズルのように遊べるでしょう(かなのパズル!)。
その単純明快さは、作成過程の複雑難解さと対照的な美点となるはずです。
日本語のパングラムというものをこのように考察していくと、「つ」と「っ」が共存しては原理のシンプルさが損なわれ、もったいないといわざるを得ません。
したがって、「つ」だけでなく同様に小字の捨て仮名が存在する「あいうえお」や「やゆよ」にかんしても、大小にかかわらず1つの表記で1字とカウントします。

つぎに、長音については回数に制限を設けません。
カタカナ語がありふれた今の時代に「クーラー」も「チーズケーキ」も「ハードなスポーツ」もダメなのは、ことばの実態にそぐわないでしょう。
オノマトペや感動詞の使用に制約がかかるのも然りです。
また、パングラムのルール下ではそれでなくとも語の扱いが不自由になるのだから、できるだけ語数を増やして表現の豊かさを確保したい。
長音はかなではないので、複数あっても原則に大きく反しないでしょう。

そのほか、「こゝろ(心)」や「ドキ〲(どきどき)」のように繰り返し符合の使用を認めています。やはり日本語の豊饒性を大切にしたいし、同じかなを連続したところで組み合わせにさしたる影響はないでしょう。表記も重複しません。
ただし、繰り返し符合は無制限に許容せず、作品のキーワードであるかを目安にします。「鳥はゝ(羽)根を広げ」と語をまたいだ使用も禁止です。

あ行音と長音

ところで、長音についてはあ行音との関連を考慮する必要があります。
たとえば「クーラー」なら「くぅらぁ」か「くーらー」のどちらにするか、オノマトペの「ザァ」か「ザー」のどちらにするか、という問題です。
私の考えを以下に示します。

カタカナ語の長音には捨て仮名を充てません。たとえば「クーラー」は「くーらー」で、「くぅらぁ」とはしないということです。
歴史的仮名遣いを用いた文語的な内容で作成する場合を除き、捨て仮名を使うのは時代錯誤の感がしてしまう。
むろん個人的な見解であり、認める人がいてもその立場を否定するものではありません。
いわずもがな、たとえば「ハードなスポーツ」で「ハード」を「はーど」、「スポーツ」を「すぽぉつ」と混在させるのは論外です。恣意的な使い分けを許せばことば遊びとしての難度が低下するし、カタカナ語同士で表記が不揃いなのは言語表現としても見苦しいでしょう。
また「イ」と長音、たとえば「シェイクスピア」と「シェークスピア」、「トレイ」と「トレー」などについては両方とも日常的に使用されますが、おおよそ区別に決まりはないようです。パングラムがゲームであることを考えれば、ほかの箇所で「い」を使わないなら「イ」で、使うなら長音でというのがテクニックということになるでしょうか。

各種品詞におけるあ行音と長音の使い分けは、感動詞の「へえ(ぇ)」と「へー」、形容詞の「嬉しい」と「嬉しー」、助動詞の「行こう」と「行こー」、名詞(形容動詞)の「ぐうたら」と「ぐーたら」、副詞の「もう」と「もー」など、さまざま存在します。
どちらで表記するかは基本的に内容次第であり、たとえば「父の手術が無事成功したという嬉しい知らせが届いた」という文で「嬉しー」とするのは不適切でしょう。
自作を例に挙げると、『太郎、花子にフラれる』ではSNSでのやりとりという設定のもと、「ビミョー」を用いました。「太郎」で「う」が使用済みだから長音にしたのではなく、そういうことばづかい――表記――として認知されているからです。
長音は会話調やぶっきらぼうな物言いで見ることが多いと感じますが、明確な基準はありません。
いずれにせよ、これらについては一般的な傾向を踏まえつつ各人が母語話者としての肌感覚で判断すればいいと考えます。
「ニャア(ァ)」と「ニャー」、「ドオ(ォ)ン」と「ドーン」といったオノマトペも一緒です。
そして、両者のニュアンスにたいした違いがないということであれば、さきの「イ」と長音の場合と同じように使い分ければいいでしょう。

麻雀のローカルルール

前回の論説「パングラムと偶然性」で、パングラムと麻雀の共通性に触れました。
その麻雀では行なう場所によってルールの異なることがあり、「ローカルルール」と呼ばれます。
たとえば「喰いタン」や「九種九牌」のありなし、あるいは「二飜縛り」などで、プレーヤーはそれに従わねばなりません。
基本のルールは同じながら、多少の幅をもたせて楽しみ方の幅も増やすわけです。それが勝負の行方にも関わるのだから有意義といえるでしょう。
パングラムでも同様に、原則的な大枠を守ったうえでおのおのの考えにもとづき付帯ルールを設定するのは、ことばを選び出す意識の持ち方が変わって作品に個性が生まれ、面白いことだと思います。

ルールを決めてとり組む

口語のパングラムにおけるルールのバリエーションについて論じてきましたが、どれが正解ということではありません。
促音も長音も認めずきっちりかな46字で作るのも素晴らしいですし、清音だけで構成する方法もあるようです。
肝心なのは、ふだん自分がとり組むさいのルールを統一しておくことでしょう。
“とりあえずルールAに則り、上手くいかなかったらルールBを適用し、はたまたルールCで…” といったやり方ではルールの意義自体が失われ、また逃げ道を作ることにもなる。
それはちょっとみっともないですよね。

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