うたゝ光る

  • 幕開けし 世にも鮮烈 ブームを 揺らめきそなわり ボイス親子ね 冴え果てぬ うたゝ光る 未知のロードへ
  • まくあけし よにもせんれつ ぶーむを ゆらめきそなわり ぼいすおやこね さえはてぬ うたゝひかる みちのろーどへ
  • デビューして幕を開けると、その存在感はかつてない鮮烈なもので、一大ブームを巻き起こした。揺らめきがそなわり、その素晴らしいボイスはさすが親子だね。冴えぶりは現在でも果てることなく、ますます光り輝く。そんな宇多田ヒカルは、まだだれも踏み入れたことのない未知の道へと歩を進める。

宇多田ヒカルさんです。

『Automatic』が日本列島に一大センセーションを巻き起こしたとき、私は大学生でした。
当時はインターネット黎明期で現在よりもテレビの力がはるかに大きく、その素性や動静がワイドショーで連日報道される過熱ぶり。
記憶しているかぎり、芸能分野であれほど日本中の耳目が注がれた人物を知りません。
当然ながら1stアルバム『First Love』は爆発的なヒットを記録した――現在でも歴代1位――けれど、あれを15、6歳の女の子が作っただなんて、いま考えても凄まじいことですよね。
その後もずっと注目を浴びながら変わらぬご活躍をされています。

作成について。
以前から彼女をテーマに作ろうと考えており、これだけはと決めていたキーワードがありました。それは、繰り返し符合を用いた「うたゝ光る」。詳しくは語法のところで触れますが、言うまでもなくお名前に掛けた表現です。繰り返し符合を認められない方には「歌光る」、つまり「歌が光り輝く」でも自然な日本語として通じますし。
また、比較的最近の曲では『道』がお気に入りで、いざ作成にとりかかろうという段では、同音異義語と英語とをそれぞれ掛けた「未知のロード」を組み込もうとも目論んでいました。
もともとことばを掛けること――要するに「ダジャレ」――が好きなのですが、かなパズルというただでさえ難解なことば遊びでこれだけ意識的に掛けつつまとめ上げることができるのか。かつてないチャレンジです。
結果、思っていたよりも短時間で完成し、「うたゝ光る」を掛詞として活かし「未知のロード」も採り入れることができました。加えて、母親のことを歌っている『道』に絡め合わせるように「親子」ということばを含められたのも望外の点です。
しかしながら修辞的なことを欲張った反動として、文意を整えるのにとても苦労しました。なんとか形になったとは思いますが、いかがでしょうか。

語法について。
「揺らめきそなわり」に関して、「揺らめき」の語を見出したとき、彼女の声が独特の揺らぎを具えていると本で読んだことを思い出しました。
いわゆる「1/f (f分の1) ゆらぎ」です。
Wikipediaを参照すると、「パワー(スペクトル密度)が周波数 f に反比例するゆらぎのこと」と私の頭では理解しづらい定義がなされていますが、簡単に言えば自然界に存在するリズムのことで、具体例として「ろうそくの炎の揺れ方」や「小川のせせらぐ音」が挙げられています。生体のリズムと共通するため、それらを見聞きすると人は心地よさを感じるのだそう。せせらぎはヒーリング・ミュージックにもしばしば用いられますよね。歌声にも現れることがあり、彼女のほかには美空ひばりさんやMISIAさんも1/f ゆらぎの声の持ち主ということでした。
物憂げでハスキーな声が世代の垣根を越えてたくさんの人を魅了したのも、プラスして揺らぎが秘められていたからでしょうか。そう言えば、鮮烈なデビューを飾ったころ、5~60代のおじさんが「若い子の曲はめったに聴かないけれど、あの子はいいねぇ~」と街頭インタビューで答えていたのをよく覚えています。
母の藤圭子さんが同様の揺らぎを具えていらしたのかは分かりません。でも、共通性を感じる素晴らしい歌声でありまた娘と同じく一世を風靡したということなので、可能性は十分に考えられるでしょう。

つづいて、タイトルでもある「うたゝ光る」は、さきほど述べたようにお名前の「宇多田ヒカル」に掛けた表現で、掛詞になっています。
「うたた」は「なおいっそう、ますます」といった意味で古語寄りのことばだけれど、「うたた増す」というように現在でもときおり見かけるのではないでしょうか。「うたた寝」もみなさんご存じですよね。
さて、掛詞は和歌に見られる代表的な修辞法で、同音の語句に2つあるいはそれ以上の異義語句を重ね合わせ、内容を複層的に豊かにします。具体例を挙げたほうが分かりやすいので、百人一首から有名なものを拾ってご説明しましょう。 大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天橋立 和泉式部の娘である小式部内侍の歌で、赤字で示した「いく野」と「ふみ」の2つがそれぞれ掛詞です。
まず「いく野」は、「生野まで行く野の道が遠い」ということで地名の「生野」と「行く野」が掛かっている。そして「ふみ」は、「名所である天橋立の地にまだ足を踏み入れていないし、母からのすなわち手紙も見ていない」ということで、「踏み」と「文」が掛かっているという具合です。全体の意味やどういう状況でこの歌が詠まれたかなどについてはネットで検索されてみてください。
話を作品に戻すと、訳では掛詞であることを明確にするため文を区切りましたが、連続して表現すれば「ますます光り輝く宇多田ヒカル」となります。

尾句「未知のロードへ」は、これも先述した通り「道」を同音異義語の「未知」、および英語の「ロード」にそれぞれ掛けたものです。
早熟の天才でありながら才能が枯渇することなく大成もしている宇多田ヒカルさんの歩んでいく道は、われわれに想像することなどできません。一体どこまで行かれ、そしてそこにはどんな光景が広がっているのでしょうか。
今後の楽曲も楽しみです。

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