富士の山

  • 千代、日本を飾る 富士の山 空仰げ見ろ 雲侍り 雄大絶美 忘れ得ぬね 愛で和む時
  • ちよにほんをかざる ふじのやま そらあおげみろ くもはべり ゆうだいぜつび わすれえぬね めでなごむとき
  • とこしえに日本を飾る、われらが富士の山。空を仰いで見よ、雲が仕えるように周りを漂うなか、はるかそびえる雄大絶美な姿だ。けっして忘れることができないね、いざその偉容をまえに愛で味わい気持ちが和んだときのことは。

日本を代表する遺産、富士山です。

日本の象徴ともいえる富士山をテーマに作成しようという思いは、かなパズルを作り始めたころからずっと抱いていました。しかしながら、あまりに存在が大きいせいか切り口が浮かび上がってきません。
そんななか、先日古語辞典で調べごとをしていて、偶然つぎの長歌が目に留まりました。 天地の 分かれし時ゆ さびて 高く貴き 駿河なる 富士の高嶺を 天の原 振りけ見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり じくぞ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 富士の高嶺は 柿本人麻呂とともに歌聖と称される山部赤人が、富士の山を見やりながら詠んだという有名な歌(詳しくはネットで検索されてみてください)。
これを読んで感じるものがあり、気持ちがにわかに高まってきました。そしてその気分を保ちつつ、作成を開始することにしたのです。

ところで、作るまえは相当に苦戦するだろうと予想していました。なにせ対象が偉大ですから。
それが始めてみると案に相違して順調に進み、なんと30~40分であらかた完成。びっくり。そのあとの微調整を含めてもトータルで2時間弱です。内容も富士山を表すのにふさわしくなったのではないでしょうか。
今回のような経緯での一作を偶作――ちょっとしたきっかけから生まれた作品――と言うことができるのかは分からないけれど、なにかが少し違っていたらまだとり組んでもいなかったでしょう。しかも意外なほどすんなりと描くことができました。霊峰・富士、そしてその姿を素晴らしく詠み上げた先人のご加護があったのでしょうか。

語法について。
全体を通して文語らしい雰囲気になりました。長歌から感得した気分のままに作成したことがことばの選択に影響したのでしょう。それは「空仰げ見ろ」や「雲侍り」といった内容面についても然り。もちろんのこと、あくまでも雰囲気であって純然たる口語作です。
かなパズルでは、基本的に口語と文語を混ぜるべきではありません。端的に日本語としておかしいし、混在させれば作成が格段に容易になり、かなパズルの大切な要素である難度もグッと下がってしまうからです。
ただし、現在でも生きている文語法であればかまいません。たとえば「生ける伝説」の「生ける」や「選ばれし者」の「選ばれし」、ほかには「言わずもがな」や「さもありなん」など。なにより、打ち消しの助動詞「ぬ」が厳密には文語法だからといって使用を認められなければ、口語作の幅がたいへん狭まってしまうでしょう。今回のように、古来日本人の心にそびえてきた荘厳な富士山を描くのであれば、「われ、いざ登らん」といった表現も作風に適うかもしれませんね。

それでは具体的なことばづかいを見ていきます。
富士山を話題にするからには、「日本」または「」をセットにしたいもの。「日本」にしようと考え、「ん」の重複する富士山を「富士の山」と言い換えました。そうして進めていった結果、なんと「和」も「む」という形で組み込むことができている。完成後しばらくしてそのことに気づき、思わずうれしくなりました。変則的ではあるけれど、やっぱり私はことばを掛けるのが好きなようです。
「雲侍り」の「侍り」は偉い人にお仕えすること。文語では頻出のことばですが、口語ではあまり見かけません。でも、つぎのような文句を見聞きしたことは、マンガや小説、歴史書などでどなたも1度ならずあるでしょう。それは、王様のような権力者が「女(男)性たちを侍らせる」というやつです。そんな羨ましい状態と同じように(?)、富士山の周りに漂う雲を、偉大な富士山に付き従える者と表現しました。
もう少しご説明を加えると、文語の「侍り」はラ行変格活用動詞で終止形は「侍り」。高校の古典で、ラ変動詞を「あり・をり・侍り・いまそかり」と七五調でひとまとめに覚えた記憶のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。いっぽう口語の場合はラ行五段活用で、終止形は「侍る」となります。
5句目の「雄大絶美」は四字熟語ではありません。富士山をどのように形容しようかと考えたときに「雄大」と「絶美」がそれぞれ浮かび、そのままくっつけたものです。

最後に表現上の話になるのですが、当初は6句と7句が反対でした。
でも、眺めていると「ね」で終わるのが少し軽いと感じられてきたのです。口語で頻繁に用いられる間投助詞「ね」は、ことばづかいとしてまったく問題ないけれど、富士山を描くのにこの終わりでは重みが足りない気がする。ひっくり返して「忘れ得ぬね 愛で和む時」としたほうが倒置かつ体言止めにもなるから、締まるだけでなく余韻も出る気がする。
ということで完成形に落ち着きました。

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