アマビヱ

  • アマビヱ 毛・うろこ 多く添へて 映え居る異なもの 忘られぬ見目 米豊かにし 病むを治せん ふつと去りき
  • あまびゑ けうろこ おほくそへて はえゐるいなもの わすられぬみめ よねゆたかにし やむをぢせん ふつとさりき
  • アマビエ。毛やうろこを多く身にそなえて、光り輝いている奇妙なもの。忘れることのできない容姿。米の収穫を豊かにし、病人を治すであろう。用を終えるとふっと去ってしまった。

アマビエです。

アマビエのイラスト

ツイッター(現X)上でいろは歌――パングラム、かなパズル――を作るグループがあり、「ゐ、ゑ」を含むあ~んのかな48文字にちなんで4月8日を「いろは歌の日」に制定しています。毎年お題を出し、それに関した作品を発表するとのこと。
2020年のテーマは「アマビエ」。なんのことかまったく分かりませんでしたが、妖怪の一種だそうです。その容姿はモノクロのイラストにある通り、髪の毛が長く体はうろこに覆われ、目や口の形も特異で、さらには全身が光り輝いているという。人間と魚と鳥が入り混じったようなフォルムでいかにも妖怪らしいけれど、豊作をもたらし病気を治すとされています。昨今話題になっているのは、治癒能力が新型コロナウイルスとのつながりでクローズアップされたということでしょうか。

いろは歌すなわちかなパズルを作るさい、題材について一定程度親しんでいることは大切で、だからこそ上手い具合に語句が浮かんでくる。ところが今回は未知の存在です。案の定(?)大いに苦戦しました。それでも、完成してから改めて眺めてみると、想像以上に特徴を盛り込めていることに自分でもびっくりです。作成中はかなをいかに整合的に組み合わせるかに腐心しており、全体をゆったり見通す余裕がないので。ぜひさきほどのアマビエの説明と照らし合わせてご覧になってみてください。

語法について。
6句「米豊かにし」の「米」は、「こ」や「め」をすでに使ってしまったから苦し紛れに「よね」と読ませているのではありません。そもそも、手持ちの古語辞典やネットのWeblio古語辞典を参照しても、「よね」はあるけれど「こめ」は載っていませんでした。少し調べてみると両方とも使われていたようですが、かつては「よね」のほうがふつうだったのでしょうか。
最後の句「ふつと去りき」に関して、アマビエの伝承にこのような記載はなく、私の脚色です。
あるモチーフをもとにかなパズルを作成する場合、一般的な事実――情報――に即していることが原則です。アマビエと無関係の語を好き勝手に組み合わせ、たとえば「アマビエは仲間たちと山へ登った」などと話を自由に創作していいとなれば、「あ~んのかな48(口語は46)文字を過不足なく用いる」条件を課された意義が台無しになってしまいます。言語的な厳しい制約のなかで工夫を凝らしてかなを巧みに組み合わせ、モチーフにもとづいた内容でなおかつ自然な日本語表現にまとめ上げるところにこそ、知的なことば遊びとしての難しさと奥深さが生まれるのですから。また、さきの例文ではアマビエの代わりに鬼を入れても一つ目小僧を入れてもなんら違いがなく、アマビエを主題にする必要性がまったく見出せないでしょう。以上の理由により、モチーフがあるときはそれと関係のないデタラメを記すことは避けねばなりません。
ただし、常識の範囲内であれば多少の色付けは許されると考えます。ここでの「用件を済ませたらふと海中へ消えていった」という行動についていえば、われわれが妖怪という存在に対して抱くイメージから無理なく想像できることではないでしょうか。アマビエの原画をもとに描かれたイラストをネットでたくさん見ることができますが、オリジナルを尊重したうえでデフォルメされたものも少なくありません。それと同じです。
“モチーフがあるならそれに則って厳正に表現しなければならない” という方は、この点に関して不備があるとお考えください。

文法について。
7句「病むを治せん」を品詞分解すると、マ行四段動詞「病む」の連体形「病む」、格助詞「を」、サ変動詞「治す」の未然形「治せ」、推量の助動詞「む(ん)」の終止形「ん」。古文では「もの」や「こと」、「人」といった語を省略する場合が多く、「病むを」は「病む(人)を」ということです。
「ふつと去りき」を品詞分解すると、副詞「ふつと」、ラ行四段動詞「去る」の連用形「去り」、過去の助動詞「き」の終止形「き」。「ふつと」は「急に、にわかに」の意ですが、そのままでも通じると思うので訳もそうしています。

最後に、横向きの画像は『肥後国海中の怪(アマビエの図)』(京都大学附属図書館所蔵)より。
一部改変しています。

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