降る雪しぐれ

  • 親の仇呼び 侍まみえ わずか睨め そろり抜けば 刹那、ボトン 首を手に持ち 降る雪しぐれ
  • おやのあだよび さむらいまみえ わずかねめ そろりぬけば せつなぼとん こうべをてにもち ふるゆきしぐれ
  • 親の仇を呼び付けて侍は相まみえる。わずかに睨めるやそろり刀を抜けば、刹那ボトンと首が落ちる。それを手に持つと、空からは雪しぐれが降ってきたことであるよ。

時代小説のクライマックスシーンです。

侍を主人公にしたお話を作ろうと考え、当初は文語で作成しました。
しかし、昨今は文語になじみのある方が多くありません。そのため口語で作り替えることに。
結果、文語作よりも整った内容になりました。さしずめ残酷絵巻とでもいった感じでしょうか。

作成について。
最大のポイントは「雪しぐれ」でしょう。
はじめにパッと浮かんだ「宿敵」と「侍まみえ」をキーワードに進め、どれだけ試行錯誤を繰り返しても終盤で行き詰まる。と、半ば諦めムードのなか、余りやすい「ゆ」を含んでいることから不動の地位にあった「しゅくてき」と、そのほかの残った文字群を眺めていて、「雪」「時雨」「降る」を連続的に見出したのです。ただ、時雨が秋から冬への冷たい雨であることは分かっていても、それが変じて雪になるという展開にするのは、やや強引で不自然に感じられました。ではどう組み込もうかとネットで何気なく「雪 時雨」と検索したら、なんと2つをくっ付けた「雪時雨」というすてきなことばがあるではありませんか。いかにも時代小説のタイトルにありそうで、ついでに調べてみると案の定でした(千野隆司『雪しぐれ―南町同心早瀬惣十郎捕物控』)。
雪としぐれの組み合わせからおおかたご想像がつく通り、その中間であるみぞれを意味します。とはいえ私の語彙にはなかったことばであり、手持ちの辞書にも載っていません。ネットがあるからこそ完成することができたともいえるわけで、いやはや現代文明サマサマです。
その後も措辞を細かく調整する作業がつづき、最後の最後まで苦しむ難産だったけれど、苦労の甲斐ある一作になりました。

語法について。
まずは、問題をはらんだ句「そろり抜けば」のご説明から。
「そろり」は滑らかな動きを表す副詞で、なにも難はありません。腰を落としグッと踏ん張って構え、力に任せて抜き付ける、というのは見た目に分かりやすい動作だけれど、それは武の世界で ”居着いている” とされる三流の身体運動です。一流の武芸者は力みなく気配なく、水が流れるように淀みなく動き、相手が反応できぬ間に事を終わらせる。そんな表現を探っていて見つけたのが「そろり」で、余りやすい「そ、ろ」を含む点でも格好のことばでした。
さて、この句で問題になるのは「抜けば」です。「抜けば」を品詞分解すると、カ行五段動詞「抜く」の仮定形「抜け」+接続助詞「ば」で、意味は「抜いたら」と仮定を表します。”勝負の世界にタラレバはない” などというときのアレですね。
でも、ここでは文語法で用いました。文語だと「抜けば」は已然形「抜け」+接続助詞「ば」で、「抜くと」という確定的な意味になる。
古典が好きでこの言い方になじんでいることもあり、作成中はなんの疑問も抱いていませんでした。しかし、完成したあとしばらく経って読み直したさい、口語で許されるかどうかが頭をもたげてきたのです。
個人的には、とりわけ時代小説のように往時の雰囲気を出したい場合には、口語でも認められる用法だと考えます。たとえば「敵の突進をひらりかわせば(=かわすと)、相手はたたらを踏んで地に突っ伏した」とか、「竹刀でしたたか打ち込めば(=打ち込むと)、たちまち彼は降参した」といった具合です。少なからぬ方にすんなりとご理解いただけると思うのですが、いかがでしょうか。
しかしながら、時代小説に限らずときおり目にすると感じてはいても探し当てる余裕がなく、具体的な典拠を挙げることが現時点でできません。
自然な日本語を目指すかなパズルでは、「恋せる乙女」や「さもありなん」のように現在でも生きた文語法でなければ口語作にもち込むべきではない、というのが原則です。口語と文語がごちゃ混ぜになるのは見苦しく、もとよりそのような日本語表現は自然でない。また、両語法を混在させれば作成が格段に易しくなり、このことば遊びの醍醐味である難しさも大いに損なわれるからです。
そこで、いまでも日常見聞きするものはないかとしばらく考えていて、「ああ言えばこう言う」が思い浮かびました。相手の意見に素直に同意せずいつもなんかかんか言い返す人のことを指す成句ですが、この場合の「言えば」は「(こちらが)ああ言うと(いつも)こう言う」という文語法的な意味であり、「(もし)ああ言ったらこう言う(だろう)」という仮定法ではありません。この言い回しが問題なく使われているのだから、現代人にもまだ受け容れられているといっていいはずです。
いま1つ、「一例を挙げると」がありました。これをもとの文語法的表現「一例を挙げれば」と述べたり書いたりすることがときどきあるでしょう。
ということで、「抜けば」の口語における文語法的な使用に関して、少数ではあれ現在にも残る実例を根拠にお認めいただければと思います。
なお、以上の説明をお読みになっても納得のいかれない方は、苦し紛れの言い訳とお受けとりください。

3句目の「睨め」はふだんあまり見かけない語ですが、「睨める」はれっきとした現代語で、余りやすい「ね、め」を含むことから使用機会を窺っていたことばです。漢字からお分かりのように、意味は「にらむ」。
最後の句「降る雪しぐれ」は、心理描写であるとも考えられ、見事に親の復讐は果たしたけれど…、という主人公の複雑な心境を表していると解釈するのも無理がないのではないでしょうか。

この作品には、親の仇、侍、まみえる、睨める、刹那、そろり、抜く、、雪しぐれ、と時代小説に適したことばがたくさん登場しました。
また、さきほどの「降る雪しぐれ」にしても、『ぼくは君に恋をした。』と同じく物語の終わりを飾るにふさわしい情景で結ばれている。
意識していたわけでもないのに――というより、かなパズルという複雑なことば遊びで意識することなどできないのですが――どうしてこうも整うのか、いつもながらほんとうに不思議で、日本語という言語の秘める奥深さに心から感動します。

コメント

タイトルとURLをコピーしました