や敵わぬね

  • イスラムの地で コーヒー生まれ ヨーロッパを巡り 江戸期日本へ 湯気あおるぞ 瀬踏みもしたさ や敵わぬね
  • いすらむのちで こーひーうまれ よーろっぱをめぐり えどきにほんへ ゆげあおるぞ せぶみもしたさ やかなわぬね
  • コーヒーはイスラムの地で生まれ、ヨーロッパを巡り江戸期に日本へ伝わった。れたての湯気から漂う香りが気持ちをあおるぞ。瀬踏みもしたさ。いやたまらないね。

コーヒーが好きです。ということで、その歴史と魅力を描きました。

通というにはほど遠いですが、豆を挽いて毎日1~2杯飲みます。ブラックでも問題ないけれど、家では牛乳のほうを多めに。
コーヒーに牛乳といえばフランス発祥のカフェオレですよね。そのカフェオレ、もとはブラックのままだと身体に悪いという考えから生まれたそうで、純白の牛乳によってその毒性を中和させるというわけです。科学的な考え方が乏しかった時代であることを思うと、黒を白でというのも妙な説得力を覚えます。
フランスに限らず、コーヒーが各地に広まり根付いていく過程ではその効能とともに有害説が唱えられることも多かったみたいです。たしかにコーヒーについてまったく無知の状態でブラックを飲んでみて、率直に「おいしい」「身体によさそう」と感じる人は少ないのではないでしょうか。端的に苦味がありますし。日本でも「これを飲めるのが大人への階段」みたいな空気があるから最初は苦いし変な味だと感じながらもちょっと我慢して飲む、そうやってしだいに慣れていく気がします。

コーヒーの起源について。
当初は生の豆をじていただけで、色も澄んでいたし苦味もなかったそうです。ることでわれわれの知るコーヒーの姿になったのが13世紀の半ばごろで、イスラム教の神秘思想といわれるスーフィズムの修行者が夜の勤行の眠気覚ましとして飲用したらしい。だれがどう発想して煎ろうと考えたのか、なんらかの偶然が働いたのか、いまとなっては解明のしようがないけれど、とても不思議ですよね。

ある日ふと「イスラムの地で コーヒー生まれ」のフレーズが浮かんだのが作り始めるきっかけです。
当初は歴史をメインにするつもりだったものの、前半と後半で内容が様変わりし、なおかつそれぞれ予想を上回る具合にまとまりました。よくも悪くも作り手の予想を裏切るのがかなパズル。今回はいいほうに転び、満足の出来です。
後半は難儀しましたが、「瀬踏み」を見つけたのが大きかったと思います。

内容について。
前半部分をもう少し補足するとイスラム圏で生まれたコーヒーはトルコ経由でヨーロッパ各地へ伝播していき、日本に伝わったのは18世紀末、長崎の出島ということです。呼び方は「カウヒン」「カウヒイ」「カウヘイ」、漢字表記は「古闘比伊」「可否」「歌兮」などいろいろだったようですが、「可否」というのはおもしろい。かくも黒く苦き飲み物の良し悪し如何、と受け入れる過程での戸惑いが表れているようです。
後半は私自身の実感を込めて。香りもそうだし、まず一口味わうのも「や敵わぬね」です。

語法について。
「イスラム」は「イスラーム」としたほうが適切なのでしょう。日本では慣習的に「イスラム教」などというほうが優勢なので、そちらに合わせました。
「瀬踏み」は、なにかを行なうにあたり少し試してみること。ここでは、淹れたてのコーヒーにちょっと口をつけるニュアンスで。
「や敵わぬね」は「や、敵わぬね」で、「いやー、敵わないね」ということです。「い」を発語しない「(い)や」は辞書には載っていないだろうけれど、日常的に「や、その件につきましては…」とか「やマァ、そういうこともあるけど」などと用いられますよね。

『ロンドンのコーヒー・ハウス』(小林章夫、PHP文庫、1994年)、『コーヒーが廻り世界史が廻る』(臼井隆一郎、中公新書、2008年)を参照しました。

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